厭世思考

人嫌いの厭世観、思考をまとめたブログ

友人を手放すことでしあわせになれるか

最近、偏執していた人を自分の言動のせいで手放してしまうという出来事があった。

友人を手放したのは結果であって、自ら意図的に手放したということではないのだが、自分が「執着していた友人を手放すとどうなったか」について少し書いてみる。

誰かに依存している人や偏執愛のある人のご参考になれば。

友人を手放してしまった経緯

偏執していたのは、根暗な自分には珍しく話の合う友人だった。ここで「偏執」とあえて激しい言葉で書いているのは、自分が恐らく境界性パーソナリティ障害だからだ。

境界性パーソナリティ障害とは、不安定な自己や他者のイメージ、感情・思考の制御が上手くできない、衝動的な自己破壊行為などを特徴とする障害のこと。

なぜ自分がそうじゃないかと思うのかというと、特に対人様式に関して当てはまる項目が多いような気がしたからだ。

相手を過剰に理想の人間とみなすが、突然何かのきっかけで失望
・そのため近づいては突き放し、対人関係が激しく短期的
・上記は親しい関係の中で起こるため、表面上は問題ない

友人と「普段通り」話をしていたはずなのに、出来事が発生した当時の自分の精神は「友人にとっての普段通りの明るい自分」ではなかった。そして友人に対して自分をどう思っているのか確かめないと不安になり、突き放すような態度(試し行為)をとってしまったために音信不通の結果を招いた。

そしてその自分の行動に疑問と後悔を覚え、辿り着いたのが「境界性パーソナリティ障害」という概念だった。

 


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手放した直後

音信不通になったことに気づいた直後は、「そうなっても仕方がない」と冷静に思った。自分がどういう内容のことを相手にぶつけてしまったかは理解しているからだ。

しかし、これまで築いてきた関係を、その後話し合うなどの機会もなく壊す選択をされたことにダメージも大きかった。その選択を引き起こした自分も含めて。

ヒトカラで少し泣いてストレス発散をした後はひたすら境界性パーソナリティ障害について調べ、自分の認知がどのように歪んでいて行動が間違っていたのかや、他人にぶつけてはいけない感情などを少しずつ学んだ。

これまでも友人を手放したことはあるが、ケンカ別れはほとんどなかった。単に自然消滅するか、こちらから勝手に音信不通になるなどして消えていた。

だから分からなかったのだと思う。自分が何かをして相手に愛想を尽かされていればその時におかしいと気づくはずだが、自分から失望して消えていくため、ただ相手側に疑問と淋しさ(あれば)が残るだけだったのだ。

手放して一ヶ月

最初はずっとその友人のことや自己批判で頭がいっぱいだったものの、日に日に仕事ややらなければならないことの方に気が行って忘れかけていた。

しかし、結局はぶり返す。仕事などに慣れて気が緩むと、脳内がヒマになるのだ。するとふと思い出す余地が生まれる。

特にその人は自分の中で大きい存在になっていたのと、単に直近の出来事だというのが大きいだろう。
兎にも角にも、一ヶ月程度ではまだまだ完全に忘れてしまうことは出来ないようだ。

つまり、それほど本来は大切な相手だったということになる。そんなことは手放す前から知っていたのだが。

それ以前に手放した友人について

これまでも、多くの友人知人を手放してきた。

それは、大別して自分から不要な関係とみなして連絡先などを消したか、あるいは自然消滅となる。

手放した結果としては、時間が経てば忘れる程度の関係であれば「関係を断って幸せ」と言えるということだ。

自分から連絡先などを消したケース

最近はフェイスブックなどのSNSがあるので、小学校時代の友人などもみんな総出でつながってはバカ騒ぎ…なんて楽しい人間関係及び人脈を築いている諸氏もおられるだろうが、自分は真逆だ。

友人として自分の近くに置いておきたい人は、選んでいる。

上記の言い方はあまりにも高圧的で上から目線なのであまり的確な言い回しとは言い難いのだが、内容としてはそういうことだ。
もっと言えば、連絡を取らない人との関係がぬるぬると存在するような感じが嫌いなので、アドレス帳やなんやから消してしまうのである。

最も、こういうケースは向こうも大体同じように思っているので既にこちらの連絡先を消されているというのも全く珍しい話ではない。というわけで、お互い後腐れなくさよなら出来るなら素晴らしい話だと思う。

余り仲良くない人間は、学校や職場が変われば当然増えていく。人はコミュニケーションを定期的に取らないと疎遠になるものだ。

こちらは流石に自分から関係を断っているだけあって特にダメージはない。むしろ余計な連絡を取ってこられると仮面をつけたお付き合いが始まるため、さっさと切るに限る。

向こうは急に関係を絶たれて「は?」と思っている人もいるだろうが、通常であればもう忘れているだろうと思う。

自然消滅ケース

主にネットで知り合った人間関係に多い。

かなり仲良くなったとしても、どちらかが飽きたり生活様式の変化などで共通の話題がなくなることでいなくなる。現実での関係性か共通の友人がいないと、人の縁はカンタンに切れてしまう。

こちらは少し厄介で、ネットの人間関係はリアルに嫌気が差したために逃げ場で構築されたものなので、少し偏執がある関係ということになる。

それが切れると、悲しい思い出として「残って」しまう。何も残らないならよかったのだが。ただ、時間が経過すれば忘れられるし、非情なことを言えばまたネットで似たような人を探せるかもしれない。

ネットというのは良くも悪くも代替可能品を探すジャンキーな場所だと言える。

手放してみての変化

今回こだわっていた人を手放してみて、感じたこと。

・その人が本当に必要だったのか考え直せる
・その人との関係性抜きの自分の在り方を捉え直せる
・理想化していた像と現実の像を切り離して見つめ直せる
・相手が自分のことをどう思っているかという視点に比重が傾く

で、考え直してみた結果は

・必要(他に代替可能な人物は存在しないから)
・いなくても平気といえば平気だが、
 楽しかった関係をもう一度構築したい気持ちはある
・理想像と割り切って空想の中で該当人物と話すようになった
・嫌いになったか、好意がそれなりにあったが故に傷ついて 
 過剰な拒否反応を起こしたか(で音信不通になった)と思われる。
 しかしその後一定期間が経過しているため、
 自分が不在の生活が快適と感じて終了されたというケースも想定

赤字の部分は通常あまり好ましい反応とは言えないだろうが、これは不在の空虚感を埋めるための心的防衛機制の一部ということなのかもしれない。独居老人かな?

ただ、自分が境界性パーソナリティ障害だということが現在は解っているので、健全な反応が起きないのは当然といえば当然かもしれない。

不要な友人ならば手放してもいいが…

今回感じたのは自分の状態をきっちり自分で把握することは非常に重要だということだ。
健全に生きている人は精神の不調はあまり感じないだろうから普通にストレス発散をしたり身体の方に気を使っていれば大概はなんとかなると思う。

そうでない人、特に境界性パーソナリティ障害の人が上手く人間関係を壊さないためには、意識的に自分の精神状態を把握して行動をコントロールする必要がある。

・自分の精神状態を把握し、ダメな時は遊んだり話したりしない
(そんなつもりがなくても試し行為などを発動することがある)
・壊れた人間関係は戻せないということを理解しておく
(甘えたり駄々をこねれば戻るなどと思わないこと)
・普段から自己を卑下するクセがある場合は意識的に遠ざける

該当の人物と関係が戻るかどうかは判らないが、運良く共通の知り合いがいるため、話し合いの機会が今後あればいいなと思っている。

 


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