厭世思考

自分の厭世観、思考記録メモ

なぜ僕には兄弟がいないんだろうか。

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僕は一人っ子だ。

なぜ僕は兄弟姉妹に恵まれなかったのだろうか。物理的な理由ならもちろん解っている。しかし…。

僕にとっての兄弟の必要性

僕は、あまり幸せではない家庭を担当する赤子としてこの世に堕とされた。

その代わりなのか金はわりと多めに割り振られていたようだが、どうも家庭の登場人物が周りと違って気の触れた人間ばかり。

さて、この環境の中でどのように生きれば好いのか。思索しながらなんとか生き永らえた。

虐待を受けたりレイプ被害に遭った人ほどでは全くない、そんなもの生ぬるいと言われそうな精神的被害だったかもしれないが、それでも自分としては結構つらい目に遭った。

僕は物心ついたころ、記憶の原初から既に「この家は何かおかしい」と思っていた。幼少期に実親と離されて祖父母の家へ移ることでそのおかしさから少しは脱せたが、それでもまだやはり「僕のいるこの家」は他の家庭と比べて歯車が狂っていたように思う。

つまりは遺伝的に、歴史的に全体として狂った家系の家に産み落とされたのだろう。母方の祖父母の家へ移された僕は、見たくもない大人の事情をよく見せられていた。火事と喧嘩は江戸の華と言うが、浮気も口論もこの家の華だったのだろうか。
父方の祖父母は国際結婚だった。会ったことがないので人となりは知らない。父の姉にも、その娘にも会ったことがない。父についても実際よく分からない。今更知っても仕方ない。

そんな中でも懸命に学校に馴染むことで家以外での社会的生活を獲得したが、中高生になったあたりで再度母と2人で住まなければならなくなり、狂気の世界に引き戻されてしまった。

家に帰るたびに狂った空間が展開される。夜も安心して眠れない。
思春期の真っ只中、僕はこの環境を分かち合える人間が心から欲しかった。2ちゃんに書いたって誰も助けに来てはくれない。フツーの親に恵まれた友人なんて、ただヘラヘラ笑って日々を過ごしては好き勝手なことを言うだけで何の役にも立たない。

この空間を、この世界を、この鬱屈とした空気を共有出来るのは、僕と血を分けてひとつ屋根の下で暮らしているはずだった兄弟姉妹だけなのに。

なのに、その誰一人としてこの家には、あの胎盤には堕とされてこなかった。

僕だけがこの家庭の担当になった。

どうして。

誰に居て欲しかったか

兄が欲しかった。弟でもいい。姉妹はちょっと怖いので(女性は往々にして感情的であり、あの環境下では危害を加えてきそうなので)遠慮したい。

同じ孤独と凄惨な状況でも、それを共有出来る人間が居ることは非常に素晴らしい。話を聞いただけでは絶対に解らない切迫感についての理解が在るからだ。親の介護という問題に対しても、独りより2人の方が分担して対処しやすい。

一人っ子は、その権利全てを剥奪されて生まれてきている。
(まあ、兄弟姉妹がいる人から見れば資産の独り占めなどの権利を剥奪されて生まれてきていることになるわけだが)

もし兄弟がいたら

もし兄弟がいたら僕より優秀だっただろうという推察がある。

父親は非常に優秀な実績を持った人間だ。母親は、昔は見かけ上それなりに綺麗だった。現在の僕を見るに、あまり好い遺伝子は配分されていないようなので、恐らく兄弟が居ればそちらに配分されていたことと思う。

だとすれば僕は兄弟に少なからず嫉妬していただろうし、結果的に2人対立して協力関係では居られなかった可能性だって十分に在る。

でももし協力関係で居られるほど、2人それなりに賢くて優しさを忘れない人間として育っていたなら。
僕の未来は今ここには無かっただろうな。勉強も、多少は教え合うことで補い合えたかもしれない。

実際に兄弟姉妹がいる人を見ているとあまりそこまで仲良くないケースが多いので、これは単なる空想と憧れの域を出ないことは知っている。

ただ、この家のように共通の敵(親)が居る環境なら、仲良くできた可能性も否定はしきれない。

家族というものの重要性を感じない

僕には家族というものがよく解らないが、どうも幼少期に友人の家に行った限りはそれなりに仲が良く、成長するにつれて親に感謝とかするらしい。給与も少し家に入れたりするらしい。育ててもらった恩を返す、ギブアンドテイク的な発想がこの世の常識なのだという。

僕は別にニートではないし、自分の生活費もギリギリながら自分で工面して同居人も見つけている。それどころか、親が亡くなったら葬式を出し、墓に入れ、その後自分が生きている限りはきちんと墓参りまで行っていくつもりでいる。

それだけでも十分な親孝行だと思っているのだが。

みんな、親や親戚などと助け合って、頼って、共存して生きているらしい。別に日本が村社会だからとかいうわけではなく、海外でももちろん同じことだ。

でも僕にとって、家族というのはバラバラなのが当たり前だった。30年弱生きてきて、親子3人で住んだ期間は実質ほとんどない。多分トータル2~3年くらいじゃないだろうか。
今も3人全員が違う場所でそれぞれ暮らしていて、それがもう10年くらい続いている。まあ、何かあったら対処はすることになっているが、ほとんど連絡はとらない。

こうなったのは、そもそもそれぞれがお互いを本質的には必要としていないからだろう。

親は見合い結婚で、当時の母は資産価値を感じて結婚したのだろうが、父はなんのメリットを感じてあの女性と結婚したのかよく解らない。(当時の母についてはよく知らない)

しかも、父と結婚して僕を生んでほぼ一人で育てた?ことにより母は本物の狂人となってしまっている。
(別にシングルマザーも珍しくないはずなのに、なぜ狂うところまでいったのだろう?と疑問だったのだが、多分実家から離れて適切な援助が受けきれなかったことや友人がいないタイプでストレス発散などが上手くできなかったことに起因するのだろう)

本人は自分が狂人だとは理解していないだろうが、まだ中高生の僕に対しても、お前のせいで弁当を作らなければならないとか言うことを聞かないなどの恨み言をよくぶつけてきていたので、僕は(子どもとしてはいないと淋しい存在ではあるが)自分の人生を謳歌するためには邪魔な存在だったのだろうと思う。

なので、僕は特に家族というものに価値や重要性を感じない。

「自分のことは自分で面倒を見るほかない」

それが、僕がこの家に生まれて知ったことだった。仮に他人を頼るにしたって、自分の人徳がなければ頼らせてもらえないのだから。

親よりも兄弟の方が自分には必要

僕の親は、僕のことが好きだ。というか、僕しか心の拠り所がないらしい。最初から破綻しきったこの家族という単位、僕一人が蝶番と成って繋ぎ止めているに過ぎない。無論、僕は正直別に繋ぎ止める気はないのだが。

不幸中の幸いか、親は遅くに僕を生んだため既にかなりの高齢だ。もう少しすれば、僕の世界から消えてくれるかもしれない。
そうすれば僕のこれまでの呪縛も少しは解けるだろう。

それよりやはり兄弟だ。兄弟なら(親よりは)年が近いこともあり、時代や空気の感覚として多少は相互理解が可能なはず。
親は凝り固まった考えを押し付けてくることも多いので、接するだけで疲れる対象だ。親に限らず会社の上司に置き換えてもいい。

親に浮気の話が浮上していた時は、「隠し子かなにかで実は兄弟がいたみたいなことはないのだろうか」と期待したものだが。。

今ではもう、空想と憧れの中にしか居ない都合のいい存在である兄弟。淋しいけど、その存在を脳内にそっと感じて生きていきます。

だから、ずっと僕と一緒にいてくれるね。

おわりに

今回は人によって意見が分かれる「家族」についてセンシティブな内容を書いたので不快感を持つ人もいるでしょうが、これはとある一つの家庭に所属する一人の人間のみに適用されるルールに基づいて吐き出された結果です。
要するに僕が親から受けてきた精神的苦痛は僕にしか解らないので、他人がとやかく言及することは原理的に出来ないということです。別に言及してみたところで僕の思考も言及側の不快感も変わらないので。

この世には自分の知らないクソみたいな並行世界が山ほどあるけど、たまたまそれが自分の知っている言語で読めて体験出来てしまったという、そういう事故だと思って、そっとブラウザを閉じてこのブログのことは永遠に忘れてください。