厭世思考

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熊代亨『認められたい』書評

認められたい

『認められたい』は精神科医の熊代亨氏が書いた承認欲求をテーマとした書籍だ。

現在は精神科医であり、過去には不登校者であり、自称インターネットマニアでもあるという彼が巷で噂の「承認欲求」について分かりやすくまとめている、という内容。

さて、読んでみたところ一体どういうものだったのかということを自分なりに評してみる。あまり肯定的な内容ではないことを先に記しておく。

内容が薄い

『はじめに』によると、自己啓発書はウソばっかり・専門書は分かりにくいので、読みやすく実践的な「認められたい」の悩みを解決してくれる本を自分でまとめることにしたのだと言う。

筆者本人が「認められたい」という気持ちに取り憑かれていた経験があるからこそ書けたということで、最近のツイッターやニコ生などの動向も含め、全体としてはよくまとまっている印象を受ける。

ただ、自分としては特に新たな発見や感動、あるいは「救われる感」はなかった。「え?これだけ?」という感じ。

様々な側面・切り口から見た「承認欲求」の正体や内実、そして実際著者が診察した患者や身近な人間を例にとったモデルケース、最終的にはどうすればいいのかという具体策まで網羅することを優先しているので、紙面の都合上内容が薄めになってしまうのは仕方ないのだろうなという印象だった。

また、本人が言うように「専門書は分かりにくい」と敬遠されるのを避ける目的で平易な文章になっているためか、精神科医としての詳細な意見はあまり見られなかった。該当するのはマズロー欲求段階説エリクソンの人間関係についての説など専門的概念(といっても学校の倫理の授業で習う程度)が説明がちょいちょい出てくること、実際に診察した患者の例が数人出ていることくらいだろうか。

あるいは自分が「精神科医」という立場からの意見が読めると期待しすぎていただけで、実際の現場状況や書籍として読めるレベルに落とし込んだ場合はこういう内容になるものなのかもしれない。

これは承認欲求についてあまり深く考えてこなかった人や分かっていても気持ちを上手く言語化できなかった人向けの本であり、文章としてここまでまとめて流布したことに意義がある、実際に読んだ人が救われるかどうかはまた別、という感じがした。いわば「承認欲求初心者」向けの本と思われる。

承認欲求オバケが読みたい内容から根本的にズレている

全体の論調としては、欲求段階説の最上位である自己実現欲求なんてリンカーンアインシュタインなどの一握りの人間にしか芽生えないものだから残念がらず、完璧主義や特別でありたい気持ちを捨てて承認欲求(+所属欲求)を低次(日常生活の挨拶や何気ないコミュニケーション)で満たして普通の人としてやっていくのが結構幸せですよ、ありがとうやごめんなさいから始めてみませんか、モテなくてもいいんです、コミュニケーションが上手い人からコピペして学びましょう、ということらしい。

つまり、最近の「個性」や「スキルを磨いてオンリーワン」「誰でもYouTuber、Vtuberで人気者になろう」みたいな時代の潮流には逆らう内容である。

これは多分、本当に承認欲求に取り憑かれている人が救われるために読みたかった内容とは違うと思う。むしろ、承認欲求に取り憑かれていない人間に対して「承認欲求に取り憑かれてる人の心理ってこんななんです」と紹介しているに留まっているように感じる。
あとは先程も述べたように、「もしかして私/僕は承認欲求に取り憑かれているのでは?これからどうしよう?という承認欲求初心者」向け。

昨今の承認欲求オバケは80年代でいう「尖ったナイフ」より更に尖ってアイスピックのようになっており、こんな言説を読んでも「はぁ?挨拶?モテなくてもいい?普通の人であれ?時代錯誤の説教も大概にして」と一蹴する気がする。そもそもそういう人だからこそ「承認欲求オバケ」と揶揄されている(もしくは自分でする)のだから。

自分が「この本には役立つこともいくつか挙がっているし、参考になりそうなこともあった気がするけどあんま印象に残らんな」と思った理由はそこだ。

筆者は精神科医だからか、物腰も柔らかい人となりであり、論理を順当に追った紙面構成でもあるため、どうしても一般全体向けで無難な印象になってしまう。

承認欲求を満たせない人間がほしいもの

著者が承認欲求に取り憑かれていたのは結局「過去」であり、今は精神科医という地位を手に入れてしまってその頃の自分から遠く離れてしまっているというのも我々がこの本を読んで違和感を感じる原因の1つになっているのかもしれない。

彼が見出した解決法は確かに実践すれば小さくはあるが確実な一歩であり、かつ継続すればかなり変われるものであるとは思う。

ただやっぱり根本的に違う。これをやれば救われる、普通が1番、コミュニケーションの上手い人のマネをしなさい、そして何もしないのはもっとダメ…我々が求めているのは特効薬とまではいかないまでも、そういう野暮ったい地を這うような戦法ではない。

例えばいわゆる「無敵の人」が殺人などの犯罪を犯さないと承認欲求が満たせないほどの状態に陥らないようにするには確かにそういう地道な基盤づくりが必要だとは思うのだが、多分多くの人はそこまでではない。

この本に書かれている言説では「多くの人は承認欲求止まりで自己実現欲求までを満たしたいと思える人(天才)は一握り」という記述のあたりも含めて「凡人であることを認めて生きよ」以上のメッセージを感じとれず、ともすれば個人の可能性を奪うような結果を招いているようにも思える。

モデルケースの選定が不十分

また、ここで出てくる承認欲求や所属欲求を上手く満たしているケース例は「家庭を築いて会社でそれなりに上手くやって普通に生きることを幸せとする優しそうなおじさん」「若作りせずおばさんとして生きることを是とし、周りへの感謝を忘れない気配りのできるおばさん」であり、しかも(問題のない人なのだから当然だが)患者ではなく著者の身近な人である。
対して診察患者は男女挙げられているがどちらも若者であり、承認欲求のせいでネトゲやコスプレにドハマリしてしまい…ということであった。

これでは「壮年は熟練者で若者はまだまだ青二才だねw」あるいは「社会生活を営んでいる大人が理想、娯楽や享楽的な文化に逃げてる若者はダメw」というような対立構造を生んでしまい、著者が意図しない方向で読み取られてしまう危険性が大きくなる。
なぜ若者の中でも承認欲求や所属欲求を上手く満たしている例を挙げないのか?なぜ壮年の患者の中から「認められたい」に振り回されている例を出さないのか?(若者で上手くやっている例を出すと、読んだ若者が自分と比較して落ち込むからわざと年代を離しているのかもしれないが)

モデルケースだけを集めた本を1冊別に作るべき

自分が思うに、内容の薄さも相まってあまりにも欠落している部分が多いので、モデルケースだけを集めた本を1冊別に作るべきだったのではと思う。
人は自分を客観的に見るのが苦手であり、また著者が言うように承認欲求を満たすのが下手な人はコミュニケーションが苦手だということであれば、自分以外の他者がどういう思考をしているのかを知る機会を得にくい。

なので、承認欲求を上手く満たせない人/満たせる人で大きく分類し、モデルケースを多く載せて解説を加えた本が1冊あると非常に有用だと考えられる。その方が本来著者が意図する機能を果たすのではないか。

「レベル」という言葉の使い方がおかしい

筆者はRPGになぞらえて承認欲求や所属欲求はレベルアップできますよと言うのだが、「承認欲求レベル」という言葉が分かりにくい。

「承認欲求レベル」が低いうちは他者への要求水準が高く、満たされない。逆にレベルが高くなっていくにつれて挨拶程度のコミュニケーションでも承認欲求が満たされるとのこと。

…これを言いたいなら「承認欲求の満足レベル」ではないか?
単に「承認欲求レベル」と聞くと、高ければ高いほど承認欲求オバケと捉えるのが字義としては自然なように感じる。そこを無理やりRPGになぞらえてスキルレベルアップにしているので、どうも「円高と円安という言葉がややこしい」みたいな齟齬が生まれて最後まで読みにくい本になってしまった。これも、自分があまりこの本をすっと飲み込めない理由の1つだ。

Amazonのレビュー

個人的な意見ばかりでもあれなのでAmazonのレビューを見てみたが、記事作成時点では11件しかなかった。ツイッターでは結構有名な先生だと思っていたので、少し驚いた。

以下に引用した。あまり肯定的な意見ばかりではなかった。

「周囲に感謝しなさい」だとか、「期待しすぎるのをやめなさい」だとか、もっともらしいことを手放しに勧めるだけの自己啓発書とは別物です。(中略)一点、不満があるとすれば、その「人間関係を長く続ける」ためのコミュニケーション能力を身に付ける方法が、どれも基礎中の基礎すぎること。そして上手い人の真似をしろ、はやや投げっぱなしな気がすること。

『認められたい』Amazon

内容は良く言えば常識的、悪く言えばありきたりです。

筆者は精神科医とのことなので、実際の診療経験に基づいた筆者にしか書けないような内容を期待しましたが、残念ながらそういったものが今回はほとんどありませんでした。ただ、書かれている内容自体は真っ当なので、承認欲求というものを理解するための最初の一歩、入門書としては良いかもしれません。

『認められたい』Amazon

著者さんが、Twitterで、本書は10代~20代が最も有効、30代はぎりぎり、40代は厳しいとつぶやいておられました。

『認められたい』Amazon

上手に周りから認めてもらえるスキルのある人のことを「認められたい」のレベルが高い人と呼んでいます。それこそ、そもそも承認欲求に隷属している考え方なように思います。

そのレベルの定義が「コミュニケーション力』と「人からうらやまれるようなスキル、容姿」だそうです。しかもそのレベルアップの7つの方法というのが「挨拶をしよう』『礼儀をシッカリ』と言った内容。

まえがきを読んで違和感は覚えましたが、想像以上に浅薄な本でした。

カフェで読み始めて、帰る前にくずかごにinしてきました。そういう意味では、装丁がスゴク上手い。

『認められたい』Amazon

ご本人の決めつけが多いのが残念です。

『認められたい』Amazon

あれ?シロクマ先生ってこんなだっけ?という印象を受けました。

『認められたい』Amazon

一見チープなことが書かれているようにも思えるが、案外大事なものほどそう見えるということなのかもしれない。
何となく感じている生きづらさを改善する道が書かれている。特に若者必読の貴重な一冊。

『認められたい』Amazon

本書は「それでよかったんじゃね!?」という救いになりました。(中略)そこそこいい人生を送るための「承認欲求との正しい付き合い方」バイブルです。ぜひおススメです。

『認められたい』Amazon

まず「欲求」という言葉がそもそも分かりにくい。「欲求」とはそもそも欠乏している状態を含んだニュアンスなので、高いレベル/低いレベルの「欲求」というとイマイチ良くわからない。わかりやすくいうと、承認欲求ではなく、「承認」であり、所属欲求ではなく「所属」である。「高いレベルの承認、低いレベルの承認、高いレベルの承認、低いレベルの承認」というとなんだかファミコンのステータスみたいでかっこいい。(はてぶでも指摘されているけど、「欲求の枯渇」というのは「カバから落馬する」的な誤りである。)

『認められたい』Amazon

『認められたい』書評総括

個人的には「まぁそうだよね…」とは思えたが、「よし、じゃあ幸せ=普通に暮らそう!」とはならない本だった。特に「救われた…」と思うほどの目から鱗みたいなパラダイムシフトもない。

また、Amazonのレビューで気づいたが、著者のツイッターによると「本書は10代~20代が最も有効、30代はぎりぎり、40代は厳しい」とのこと。装丁も確かに10~20代向けの絵と見受けられる。なら、装丁や帯に大きく書いておけばいいのにと思わざるを得ない。その説明をしなかったから否定的なレビューが多くついてしまっているのだろう。

また、30代はぎりぎりというのは正直ないだろう。20代も恐らく社会人1~2年めまでくらいが限度と思われる。27、8でこの本を読んでも「はぁ?」と思うのが多数ではないだろうか。

少なくとも自分にとって、「幸福に生きるための処方箋」には特になりそうもなかった。

ただ、内容が全くもって無意味とまでは思わないので、承認欲求や所属欲求について考えるきっかけとして一読してみてはどうだろうか。

認められたい-Amazon